本記事は,アナログ・デジタル変換器(ADC)を題材に,筆者自身の理解を深める目的で整理している「ADC入門シリーズ」の一部です.シリーズ全体の方針や位置づけについては,以下の記事をご覧ください.
はじめに
前回の記事では,ボトムプレートサンプリング(Bottom-Plate Sampling)を用いることで,サンプリング時に発生するチャージインジェクション起因の非線形誤差を抑制できることを整理しました.基準電位を GND に固定し,入力依存の電荷変動を容量のボトム側に閉じ込めることで,理想に近いサンプル電圧を得る,という考え方です.
しかし,実際の ADC フロントエンドでは,「電圧をサンプルして保持したら終わり」では済みません.サンプルされた信号は後段で増幅・積分・比較・変換などの処理を受けます.このとき,後段回路との接続方法そのものが性能を左右します.
本稿では,前回までの流れ(非理想性の理解と対策)を受けて,次の一歩として登場する スイッチトキャパシタ(Switched-Capacitor,SC) を整理します.ここで扱いたいのは「特定の回路図」ではなく,電荷をクロックで制御・転送するという設計思想です.
スイッチトキャパシタとは
まず強調しておきたいのは,スイッチトキャパシタ(Switched-Capacitor,以下 SC と表記)は,特定の回路構成を指す言葉ではないという点です.SC とは,スイッチと容量(キャパシタ)で構成された回路において,クロック同期で電荷を制御・転送することで所望の機能を実現する回路群を総称した呼び名です.要するに,SC 設計思想のようなものと捉えておくのが良いです.
同じ「SC」という言葉で呼ばれていても,解決したい課題や目的に応じて,回路構成や役割は大きく異なります.例えば,次のような SC 回路が存在します.
- 等価抵抗を実現する SC
- 増幅を行う SC アンプ
- 積分器(ΔΣ 変調器などで頻出)
- 離散時間フィルタ
このように,SC には「これが正解」という唯一の形が存在するわけではありません.むしろ,解決したい課題に対する解として回路が派生していく,という捉え方をしておく方が理解しやすいでしょう.
ADC では,サンプリング,増幅,積分といった処理をクロック同期で行う必要があるため,SC 回路が頻繁に用いられます.SC の動作原理をどこまで深く理解しているかが,ADC を設計していく上でとても重要です.本稿では,その基礎となる考え方を順を追って整理していきます.
スイッチトキャパシタの起源
19 世紀の後半,英国のマクスウェルが電荷と電流の関係を説明する際にスイッチトキャパシタのモデルを使ったと言われています.その後,20 世紀の中頃にもスイッチトキャパシタ回路を真空管で実現した人がいましたが,回路が大きくなり過ぎて実用化には至りませんでした.実際にスイッチトキャパシタ回路が使われ始めたのは MOS 型の集積回路が本格化した 1980 年以降です.
参考文献:CMOSアナログ回路入門 -第15章 スイッチトキャパシタ- より引用
前回記事の復習:ボトムプレートサンプリングの到達点と限界
前回の記事では,GND 基準のボトムプレートサンプリングを整理しました.チャージインジェクションによって問題となる入力依存の非線形成分を抑制でき,サンプル時点の電圧を比較的理想に近い形で容量へ保持できることを確認しました.
しかし,この構成には一つの暗黙の前提があります.それは,サンプルされた容量から後段回路が電流を引き出さないという前提です.
ADC は,サンプリング回路だけで完結するものではなく,必ず後段に増幅器や比較器などのブロックが接続されます.これらの後段回路が動作するためには,入力容量や内部ノードを充電する必要があり,必然的にある程度の電流を必要とします.完全に電流を引かずに動作する後段回路を想定することは現実的ではありません.

前回記事で取り扱ったようなボトムプレートサンプリングの構成では,容量に電圧が保持されている状態でその容量から電流を引き出してしまうと,保持されていた電荷が失われ,結果として電圧が変化してしまいます.
つまり,せっかくサンプルした電圧値を維持できないという課題が残ります.
そのため,容量からは電流を引き出さずに,後段回路には必要な電流を供給したい,という新たな要望が生じます.「ボトムプレートサンプリングでサンプルはできたが,その信号を次段へどのように渡すべきか?」というのが次の課題になります.

オペアンプを使った構成
前章で示した問いに対する一つの答えが,オペアンプを用いた構成です.その基本的な考え方を,以下に整理します.
理想的には,十分に大きな出力電流を供給できるオペアンプを用いれば,後段回路が必要とする電流はすべてオペアンプが担うことができます.さらに,オペアンプに負帰還をかけることで仮想接地が成立し,容量にチャージされた電圧 \(V_a\) は,ほぼそのまま出力電圧 \(V_{\text{out}}\) として現れます.

後段の回路が電流を引き込もうとしても,オペアンプの入力は高インピーダンスであるため,サンプル容量から直接電流が流れることはありません.代わりに,後段が必要とする電流はすべてオペアンプの出力から供給されます.このように,負帰還構成のオペアンプは,“入力ノードを仮想接地(0V)に保つこと”,“後段へ必要な電流を出力側から供給すること”という二つの役割を同時に果たします.
その結果,サンプルされた容量からは電流が引き出されず,保持された電荷は乱されません.すなわち,電圧誤差が新たに生じることなく,「サンプルした情報」を次段へ安全に受け渡すことが可能になります.
ここで重要となる概念が仮想接地(Virtual GND)です.仮想接地とは,負帰還がかかったオペアンプによって,入力ノードが(理想的には)0V近傍に保たれつつ,高インピーダンスが維持されている状態を指します.
ただし,この構成だけでスイッチトキャパシタ回路が完成するわけではありません.まだ解決すべき課題が残っており,それについては次の章で解説します.
電荷の転送
前章で述べたように,オペアンプを用いた SC 回路によって,後段回路への電流供給という問題は一見解決できそうです.
しかし,もう一つ現実的な制約が残ります.それは,どのようにして入力電圧を容量に保持させるかという点です.
前章の構成に単純にスイッチを追加し,オペアンプの負帰還容量に直接 \(V_{\text{in}}\) を入力しようとすると,深刻な問題が生じます.この構成ではボトムプレートサンプリングが使えなくなり,せっかく抑制できていた入力依存の非線形成分が再び現れてしまいます.さらに,オペアンプ自身の非線形性も加わるため,結果としては精度の低い S/H 回路になってしまいます.
そのため,実際の SC 回路では,負帰還容量に直接入力電圧をサンプリングさせることは行いません.

そこで考え方を切り替えます.入力電圧そのものを扱うのではなく,“容量に蓄えられた電荷(=情報)を別の容量へ転送して処理すればよい” というのが,スイッチトキャパシタの基本的な発想です.
ここで重要なのは,容量が保持している情報の本質が,\(Q = CV\) で表される電荷であるという点です.SC 回路は,「電荷をクロックで運び,別の場所で電圧として再構成する」という設計思想に基づいています.
以下では,SC 回路の最も基本的な動作を,電荷の流れに着目して順に見ていきます.

フェーズ \(\phi_1\):サンプリング
サンプリングフェーズ \(\phi_1\) では,入力電圧 \(V_{\text{in}}\) をサンプリング容量 \(C\) に保持します.
このとき,容量の両プレートには等量・逆符号の電荷が蓄えられます.
(符号の取り方は回路の定義に依存しますが,ここでは講義の説明に合わせます)
- 一方のプレート:\(+C V_{\text{in}}\)
- 反対側のプレート:\(-C V_{\text{in}}\)
フェーズ \(\phi_2\):転送(仮想接地への接続)
次のフェーズ \(\phi_2\) では,サンプリング容量 \(C\) の一端をオペアンプ入力,すなわち仮想接地へ接続します.負帰還によってオペアンプ入力は 0V 近傍に保たれるため,この瞬間に サンプリング容量の両端電圧は 0V へ向かいます.容量 \(C\) の両端電圧が 0V になるということは,その容量に残るべき電荷も 0 でなければなりません.
では,\(\phi_1\) で存在していた \(-C V_{\text{in}}\) の電荷はどこへ行くのでしょうか.
これこそがスイッチトキャパシタ回路の狙いであり,電荷はフィードバック容量 \(C_F\)へ転送(=再分配)され,その結果として出力電圧 \(V_{\text{out}}\) が形成されます.
補足:GNDと仮想接地(Virtual GND)の違い
“電荷転送”という表現が直感的にしっくりこない場合でも,GND と仮想接地の違いを理解すると,その意味が自然に腑に落ちてくるはずです.
電圧がどちらも「0V」なので混同しがちですが, GND と仮想接地は 電荷の扱い方がまったく違います.電荷転送を理解する上で,この違いはとても重要です.
| GND | Virtual GND | |
|---|---|---|
| 電圧 | 0V | 0V |
| インピーダンス | 低い(\(\approx0 \)) | 高い(\(\to\infty \)) |
| 電荷の出入り | 可能 | 不可(理想状態) |
| 電荷出入りによる 電位への影響 | ほぼ変化なし | 電位が崩れる |
| 電荷保存の見え方 | 意識する必要なし | 意識する必要あり |
GND はどれだけ電荷が出入りしても,電位(0V)がほとんど変化しないノードであるため,電荷が流れてもよいです.一方,仮想接地は「0Vに保たれているだけ」で, 理想的には電荷の出入りはできません.そのため,行き場を失った電荷が結果としてフィードバック容量 \(C_F\) へ辿り着くということです.
容量比による増幅
ここまで見てきた構成は,スイッチトキャパシタアンプと呼ばれるように,増幅機能を持つ回路です.以下では,その増幅の仕組みを順に整理します.
まず,サンプリングフェーズ \(\phi_1\) では,入力電圧 \(V_{\text{in}}\) に応じた電荷 \(C V_{\text{in}}\) がサンプル容量 \(C\) に蓄えられます.
次に転送フェーズ \(\phi_2\) では,この電荷がフィードバック容量 \(C_F\) へと転送されます.
その結果,フィードバック容量 \(C_F\) には\(C V_{\text{in}}\) に等しい電荷が蓄えられるため,電荷保存より,出力電圧 \(V_{\text{out}}\) は次の関係で表されます.
\(V_{\text{out}} \propto \frac{C}{C_F} V_{\text{in}}\)
(符号は容量の接続の取り方によって変わります).
ここから分かるように,サンプル容量 \(C\) とフィードバック容量 \(C_F\) の比を調整することで,入力電圧 \(V_{\text{in}}\) を任意の比率で増幅させることができます.
この「容量比によって利得が決まる」という性質こそが,スイッチトキャパシタアンプの大きな特徴です.同一チップ上で形成された容量の比は,絶対値に比べて相対ばらつきが小さいため,プロセスばらつきの影響を受けにくく,高精度な利得を実現できます.また,温度変化に対しても容量比は比較的安定であり,利得の温度依存を抑えやすい点も利点です.
次回は,この関係を電荷保存則に基づいて,回路として厳密に導出していきます.
リセット動作
最後に,実装上きわめて重要な要素であるリセット動作について整理します.S/H 回路として毎サイクル独立にサンプリングする用途では,各サイクルの初期条件を明確に揃えることが不可欠です.
リセット機能は,下図に示すように,\(\phi_1\) フェーズでノードを GND に接続し,\(\phi_2\) フェーズではそのスイッチを OPEN する形で実装されます.この動作によって,次の演算に入る前に回路状態を初期化します.

もしリセットが存在しない場合,\(\phi_1\) で入力をサンプリングし,\(\phi_2\) で電荷を転送した後,次のサイクルで再び \(\phi_1\) に戻ると,前回サイクルの電荷(状態)が残ったまま新しい電荷が加算される可能性があります.
すなわち,回路が前サイクルの情報を保持してしまい,意図しないオフセットや誤差の蓄積を招くことになります.理想的なオペアンプであれば,「仮想接地に接続した瞬間に入力ノードは完全に 0V へ戻る」と考えたくなります.しかし実際のオペアンプには,有限利得,有限帯域,入力オフセット,スルーレート制限などの非理想性が存在するため,完全な初期化が自動的に保証されるとは限りません.そのため実回路では,各サイクルの開始時,あるいは電荷転送後に,明示的なリセットスイッチを用いて入力ノードやフィードバック容量などの初期条件を揃えることが必要になります.
この「離散時間回路では初期条件が重要である」という感覚は,後に z 変換や離散時間システムの議論へ進む際にも,重要な基盤となります.
まとめ
本稿では,ボトムプレートサンプリングで残った課題――次段へどう安全に渡すか――に対して,スイッチトキャパシタ(SC)回路の基本動作を整理しました.鍵となるのは,信号の本質を電圧ではなく \(Q=CV\) の電荷として捉え,クロックで電荷を運ぶという設計思想です.
ポイントを振り返ると,次のとおりです:
- GND 基準のボトムプレートサンプリングでは,サンプル容量から後段が電流を引くと保持電荷が乱れ,サンプル電圧を維持できない.
- 負帰還オペアンプは仮想接地(0V)と高インピーダンスを作り,後段に必要な電流はオペアンプ出力が供給するため,サンプル容量を乱さずに受け渡せる.
- SC の基本は,\(\phi_1\)で \(C\) に蓄えた電荷を,\(\phi_2\)で \(C_F\) へ転送して出力電圧を作ること.
- 利得は概ね \(\displaystyle \frac{C}{C_F}\) で決まり,容量比で増幅率を設計できる.
- 実装では初期条件を揃えるために,サイクル毎にリセット動作が必要になる.
以上のように,SC 回路は「電圧を保持して渡す」のではなく,電荷を転送して電圧を再構成することで,後段接続と増幅を両立します.
次回は,この関係を電荷保存則に基づいて厳密に導出していきます.
以上です.最後まで読んでいただきありがとうございました.
雑記:
新年 1 発目の投稿となりました.本年も学ぶ心を忘れず,学んだ内容のアウトプットを継続していければと思います.暖かくお見守りいただけますと幸いです.
参考文献
本記事はあくまで筆者の勉強備忘録のため,より正確に理解したい,さらに深く理解したい場合は下記をご参照ください.
- IIT Kanpur: https://www.iitk.ac.in
- SSCD Lab: https://iitk.ac.in/sscd
- 講義動画(YouTube): https://youtu.be/cI7bYpW7EvE?si=uhuL8tSMJan23LHf
- 『アナログ/デジタル変換入門 ― 原理と回路実装 ―』 和保孝夫(監)/コロナ社
- 『ΔΣ型アナログ/デジタル変換器入門 第2版』 和保孝夫・安田彰(監訳)/丸善出版
- 『アナログCMOS集積回路の設計 応用編』Behzad Razavi(著),黒田忠弘(監訳)/丸善出版
ー 第12章 スイッチトキャパシタ回路 ー - 『CMOSアナログ回路入門』 谷口研二(著)/CQ出版社
ー 第15章 スイッチト・キャパシタ ー

(ADCの基礎を一通り確認する目的で,最初の一冊として取り組みやすい内容です.価格も,専門書の中では比較的手に取りやすいと思います.)

(筆者が所持しているのは第 1 版ですが,こちらも分かりやすくておすすめです.)
スイッチトキャパシタについては,下記2冊が分かりやすいです.



